特別編 研究テーマ 7.5th or 8.5th Story BD『絵馬に願ひを!』(Prologue Edition)

  • 冨田明宏
    このボリュームでプロローグ!? 新たな挑戦が詰まった衝撃作。

    今回もビギナーの皆様にも分かりやすい解説をできるだけ意識して書いてみよう。......とは言いつつも、本作はこれまでのSound Horizon(SH)作品とは、まったく違う試みがいくつも盛り込まれているので、まずは過去の「サンホララボ」を見返して通常のSH作品にいくつか触れてから手に取っていただければ幸いである。まず『絵馬に願ひを!』(Prologue Edition)は『Nein』以来約6年振りとなるSHの最新作である。まさに待望を通り越して渇望されていた新作なのだが、多くのSHファン=ローランたちが頭を抱えて悶絶したのは、まずSHがCDというメディアから脱却し、より豊富な情報量を封じ込めることができるブルーレイ(BD)で“物語音楽作品”を生み出したということだろう。BDとはご承知の通り映像メディアであり、これまでSHは主にライブ映像作品を発表する際に使用してきた。しかしもとより〈音楽で物語を紡ぎ物語で音楽を奏でる〉活動、すなわち“物語音楽”を主軸に創作してきたSHは、音楽で想像力や妄想を促す映像的なイメージと切っても切り離せない存在だった。それゆえに視覚的情報=ブックレットのアートワークや歌詞カードの中にさまざまなイラストや記号や暗号を忍ばせ、想像や妄想を促しながらエンターテイメントを提供してきた。しかし今回の『絵馬に願ひを!』(Prologue Edition)では、音楽による情報だけではなく歌詞がアニメーションすることでその楽曲の意図を視覚的にもわかりやすく伝え、音楽と映像がより渾然一体となった“物語音楽映像作品”を生み出した。それだけにとどまらず、分岐の選択によって物語の顛末が変化し、聴ける曲も変化。なおかつランダム演出も随所に散りばめられており、もはや音楽を主軸としたやり込み型ノベルゲームとも言うべき様相を呈してきた。これがあくまでもプロローグというのだから、末恐ろしいというか末喜ばしいというか......。さらに特筆すべきは、今回はSHとしてははじめて現代日本と思しきパラレルワールドが舞台。現代的流行語を取り入れた会話劇が目白押しだし、SHらしく現代人が抱える複雑な社会問題にまで切り込んでいる。音楽的にも雅楽に用いられる和太鼓、箏、神楽鈴、鼓、笙、琵琶、龍笛、篠笛などなどSHでは初登場の楽器がいくつも取り入れられたり、一方ではRAP/Hip Hopナンバーも登場するなど、ギリシャ神話やメルヘン童話を題材にしていた過去のSH作品とは一線を画した存在感を放っている。“7.5th or 8.5th Story BD”と銘打たれていることから本作以外の地平線との関係性についても気になるところだが、果たして物語の結末は!? 近い未来に予定されているフルエディションの発売が楽しみでならない。

  • さやわか
    あらゆる意味で「自由な音楽」であること

    舞台が日本、そして神社ということで、これまでのSound Horizon(SH)作品とは別格の親しみやすさを備えた一枚。楽曲の方向性も日本人にとって馴染みのあるものが並んでいるように思える。おそらく意図的なことだろう。
    ということで、「初心者に勧めるSH作品」としても非常にポテンシャルの高い『絵馬に願ひを!』(Prologue Edition)であるが、他方で、この作品の持つ唯一無二の特異性というものもある。それはもちろん、これがBlu-rayによる作品であり、テレビ(やパソコンなど)で再生するように作られていることだ。
    これは端的に言って、従来の音楽ソフトというものの概念を更新してしまっている。というか、僕たちは何となく、音楽とはCDやネット配信で聴くものだと、思い込んでいた。そうでなくとも、アナログレコードとかカセットテープとかMDみたいなもので聴くものだと思い込んでいた。だってそれが「普通」だから。
    だけどこの作品は「普通」ではない。SHは無言で僕たちに問いかけているのだ。「なぜそれが普通だと思うのか?」「なぜ普通じゃなきゃいけないと思うのか?」と。僕たちはいつも、CDとか、アルバムとか、そういう枠組みを想定して、その枠組みの中でどんな音楽ができるのか考えてしまう。しかしSHは、別にそんなの、絶対の決まりじゃないよ、と思っている。その枠組みを外してしまえば、こんなにも自由に、新しい音楽作品を作ることができるじゃないか。あるいは、この音楽にとってベストなことを考えたら、そんな枠組みを当然のごとく取り外して、別のやり方を与えるべきだろう。
    SHはそういうことを、ただ口で言うだけでなく、完成品の形で、僕たちに示してくれる。おそるべきことだ。
    もちろん、この作品はBlu-rayにしたことで、物語の筋道をリスナー自身が分岐させられるという仕掛けになっている。それはすごく面白いし、衝撃的なことでもある。だけどそれ以前に、まずこの作品は、僕たちが「音楽」というものに漠然と抱いてしまっている固定観念を、軽々と、突き崩してくれていることが、すごい。この作品に偶然でも触れた人が、「こうしなきゃいけない」というくびきを逃れて、音楽って自由なものだな、という気持ちになれるなら、そんな素敵なことはない。僕はそう思うのだ。

  • 清水耕司
    「選択肢によってルートが変わるアルバム」に隠された本質

    今あなたは「Sound Horizon(SH)」「新曲」などで検索をかけた、つまりそれらに興味を持ってここを訪れたと仮定します。そこで私からも6年ぶりの新作『絵馬に願ひを!』について紹介するならば、まずは当然、今作はBlu-ray Discでのリリース、というところから始めなければいけないでしょう。でも、なぜBDだったのでしょうか。一言で言えば、Revoが生み出す音楽をCDの容量では収めきれなくなったからです。ただ、もしも楽曲を収録するだけならば、(指揮者カラヤンがタクトを振る、ベートーベンの交響曲第9番の演奏時間から決められたという)74分で事足りたでしょう。でも、Revoは常に、曲や詞に多数の仕掛けを施し、楽曲内にある文章、単語、フレーズに意味や伏線を多数持たせます。そのため、一度聴いた、あるいは読んだだけでは理解できないほどの複雑な物語が楽曲には詰め込まれています。ただ、Revoが紡ぐ“Story(物語)”は、複雑で難解さが主題ではなく、いくつもの視点や世界を混在させることにあります。そこに、BDである意味があり、Revoからのメッサージュ(メッセージ)があります。
    音楽に込められた想いというと普通、恋愛や友情への賛美、あるいは戦争反対や反原発といった思想、いじめは絶対ダメといったものが思い浮かびます。しかし、SHの楽曲にそういったものは一切ありません。むしろ、そういうのは自分で見い出してください、というのがRevoのスタンスであり、メッセージです。例えば、少年Aの恋を叶える天使がいたとして、その恋愛成就の物語は、別の少年Bにとっては破局を意味する悲劇かもしれません。あるいは、少年Aの「好き」という感情のベクトルの先にいるのが異性とは限りません。このように、Revoが作る物語には多面性が用意されており、聴き手によってさまざまな分岐や結論が導かれます。何が正解なのか、物事の是非をRevoが与えるのではなく、そこにあるのはあくまでも「見方次第、捉え方次第で物語は変化する」「この世の中にはさまざまな可能性がある」というメッセージに他なりません。Revoが作った音楽を聴いた人が、その人だからこその読解や解釈を生み出し、そして聴いた人の中でさまざまなイデオロギーや哲学や新たな人生観が育ち、その人の血肉となっていく。それが意味するところは、Revoだけでは構築しえなかった作品世界の広がりでもあります。作品は世に出された瞬間から作者の手を離れ、受け手のものとなると言いますが、それは受け手の中で作品が成長することを表しています。SH作品はその特質がより強化されており、聴く人をアウフヘーベンさせる、そんな「対話する音楽」です。そしてその最新形が、BDという形態をまとった『絵馬に願ひを!』なのです。楽曲にイメージイラストとアニメートする歌詞を伴わせ、選択肢によって再生される楽曲が異なる=物語が変化するのも、聴く個々人が自分の物語を創り出すための手助けに過ぎません。
    また、『絵馬に願ひを!』には、不妊症や流産、あるいはマイノリティやペットとの向き合い方など、非常にシリアスでデリケートな問題がテーマとして描かれています。そこにあえて切り込んだのも、聴く人にとって一過性の作品にならない、お金を出して聴いてもらう以上は最大級の爪痕を残そうという意識の表れでしょう。決して、週刊誌の中吊り広告にある見出しのような、刺激的で扇情的で過剰な表現を狙っているわけではありません。勿論、世に溢れる音楽同様、SHの楽曲を聴いて、「この曲イイねー」「気持ちいいぜ」と楽しんだり、「幻想的な物語がたまらない」「登場人物が魅力的」という楽しみ方もできたりします。Revoの根底にあるのはエンタテインメントの精神ですから。物語が複雑に絡み合うのも深淵かつ深刻なるのも、リスナーが何日も何週間も何ヶ月も何年も楽しめるように、という意図もあります。実際、これまでリリースしたオリジナルアルバム・シングルはすべて結びつきを持ち、『絵馬に願ひを!』もその繋がりの中にいます。ただ、ホモ・サピエンスの最大の特徴が脳であり「知」にある以上、そこに刺激を与えてくれるSH作品を知らずに生きていくのは大いなる損失だとも思うのです。

  • 冨田明宏
    『ひぐらしのなく頃に』 が好きなら

    ループもの作品の傑作として知られる『ひぐらしのなく頃に』のように、何度も繰り返し物語を辿り選択することで徐々に核心が見えてくる......かもしれない。

  • さやわか
    映画 『ブラックミラー:バンダースナッチ』 が好きなら

    「視聴者が物語展開を選べる映画」は最近チラホラ見かけるようになりましたが、「物語展開を選べる音楽」はまだ誰も聴いたことがないはず! この手のジャンルに面白みを感じる人はぜひ聴いてみて。

  • 清水耕司
    漫画 『藤子・F・不二雄SF短編集』 が好きなら

    掟破りの同一作者2連発に......が! 異なる文化や価値観の提示、多様性の展開、『絵馬に願ひを!』に流れる血は藤子・F・不二雄作品とまさに同じ!! あの、目を無理やり見開かされるような感覚を味わいたい方は絶対!!!

絵馬に願ひを!
(Prologue Edition)
  • Sound Horizon Around 15th Anniversary
    7.5th or 8.5th Story BD

    『絵馬に願ひを!』
    (Prologue Edition)
    令和参年睦月拾参日 降臨 品番 : PCXP-50813
    価格 : 肆仟伍佰圓 (消費税別)
    総参詣時間 : 参拾伍分以上
    壱道筋乃参詣時間 : 貴方次第

特別編の研究発表は以上となる。
そして今後もさらなる研究は続く......