第1回 研究テーマ
4th Story CD『Elysion ~楽園幻想物語組曲~』

  • 冨田明宏
    ブレイク前夜に咲いた静かなる熱狂。
    SHの存在を知らしめた美しくも異形の名作。

    2005年4月13日。あの日の静かなる熱狂を、今このタイミングだからこそ当時を知らない多くの人々のために書き記しておこうと思う。私の記憶に間違いなければ、『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』は発売日に今はなき秋葉原のヤマギワソフトや、とらのあな各店において大々的な展開が売り場にて行われ、『Elysion -楽園への前奏曲-』や同人活動に終止符を打った『Chronicle 2nd』も併せて展開台に置かれるなど、当時すでに“萌えまみれ”だった秋葉原において異様にも映る熱気が売り場に漂っていた。
    その頃の秋葉原はまだ『電車男』の本格的なブームが訪れる前(2005年6月に映画化、同年7月にテレビドラマ化)で、メイドカフェなどもまだそれほど多くなく、外国人も寄り付かなければ『AKB劇場』すら誕生する前のこと。秋葉原がまだ本当の意味でオタクたちの趣味の街として、閉鎖空間的カオスな魅力に滾っていたころだ。当時『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』が日本全国規模でどのような展開が行われていたのかは私も知り得ないのだが、少なくとも秋葉原の住人たちにとっては、すでに幻想楽団Sound Horizon(SH)は「おー! ついにメジャーデビューか!」と納得されるほどの存在だった。同人音楽シーンにおいてたった数年の活動で伝説となり、すでに当時入手困難だった『Chronicle』など初期作品の中古CDが超高額で取引されるなど、詳しくは知らなくても「SHって何やらヤバイらしい」というのはすでに語り草だった。その後なかのZEROで行われたコンサートの模様を映像化したDVD『Elysion 〜楽園パレードへようこそ〜』が2006年3月に発売される頃にはさらに存在は知れ渡り、まさにブレイク前夜とも言うべき大展開が各店で行われるようになっていた。
    そんなSHがメジャー作品として世に放った4th Story CD『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』は「これが噂に聞くSHなのか......!」と驚嘆させるに充分な、まさに会心の1枚だった。Revoのメロディメイカー/ソングライター/ストーリーテラーとしての才気が迸る楽曲群は、メロディアスなヘヴィメタルから幻想的な民族音楽などが明確な意図をもってプログレッシブロック的に展開。現実や幻想や時間軸をも跳躍しながら、“楽園”と“奈落”の表裏一体ともいえる、悲劇的で、美しくも異形の物語を浮かび上がらせ、多くのリスナーたちを心酔させていった。ブックレット必読の楽しみ方はもちろんのこと、驚きの隠しトラックに至るまで、隅々まで行き渡ったトータルプロデュースの妙味は今聴いてもすさまじい。非常に難解な作品であることは間違いないが、だからこそ今も多くの新たな考察が生まれ続けている。永遠に色褪せない1枚だ。

  • さやわか
    限りなき二面性へのいざない

    Sound Horizon(SH)の作品では、両極端なものが対置されて描かれることが多い。このアルバムのテーマになっている「楽園」と「奈落」というのも、一見すると全く正反対の存在だ。
    しかしこのアルバムではそれらが、表裏一体のものとして美しく描かれる。どういうことだろうか? その思想をわかりやすく象徴してくれるのは、5曲目「エルの肖像」の中に登場する「退廃へと至る幻想 背徳を紡ぎ続ける恋物語」という言葉だ。これをさらにものすごく単純化して言ってしまえば、退廃や背徳的な愛に、どうしても人は魅了されてしまう、ということになるだろう。
    そんなわけでこのアルバムでは、道ならぬ愛に身を捧げた人々の甘美なる破滅が、全編にわたってオムニバス的に描かれる。SHの楽曲では悲劇や死、禍々しさ、邪悪、非道など、一般的にはネガティブに取られるものが描かれることも多いが、このアルバムは、それらへ吸い寄せられるかのように魅了されてしまう人の心を、とりわけ妖しく描き出している。そこが他の作品とは違った魅力を感じさせるポイントだと言っていいだろう。どこかダークな物語へ惹かれてしまうという人は、聴いて損のないアルバムであるに違いない。
    一方で楽曲はプログレッシブから打ち込みまで実に幅広く、かつしっかりと質の高いキャッチーさを持ったものばかりになっている。退廃と背徳というテーマの重さとは裏腹にごく自然に、いやむしろ楽しく聴けるものばかりなのだ。
    もちろんそれは、SHの親しみやすさを感じさせる部分として単純に歓迎すべきことだろう。しかし、よくよく考えてみると、この「華やかな楽曲」と「シリアスな物語」という二面性もまた、「楽園」と「奈落」の表裏一体さに重ね合わされているようで面白い。というのも実はSHでは、アルバムの楽曲や歌詞はもちろん、ジャケットや歌詞カードの隅々にいたるまでがひとつのテーマで完全に統一されているということも多いのだ。
    ふと、そうした仕掛けに気づくと、リスナーとしてはどこまでもアルバムの中に「楽園」と「奈落」の二面性を探し求めてみたくなってしまう。まるでだまし絵の奥を覗き込むように、取り憑かれたように作品に魅入られてしまうのだ。このアルバムが描く、退廃と背徳へ惹かれてしまう心とは、まさしく、そんなものなのかもしれない。

  • 清水耕司
    初期サンホラゆえに味わえるポップさを楽しんで

    Sound Horizon(SH)をあまり聴いたことがない人はどんなイメージを持っているだろうか。歌詞が難解? 楽曲の展開が激しい? ライブがミュージカル的? ファンが熱い? 少なくともJ-PopやJ-Rockあるいはアニソンといった音楽に比べると少し「違う」というイメージを抱いているのではないか。それはある意味正しい。なぜならSHの音楽は、その「違い」を楽しむ音楽でもあるからだ。ただそれゆえ、「歌なのにめっちゃしゃべってる」とか「歌詞が複雑怪奇だ」とか「楽曲が慌ただしい」といった点に注意を奪われてしまいがちだが、一楽曲としてとてもポップスでもある。口ずさみたくなる旋律と言ってもいい。まずはそこ、そこに気づいてほしい。『Elysion~楽園幻想物語組曲~』というアルバムは、そんなSHへの第一歩として最適解のアルバムだ。
    1曲目の「エルの楽園[→side:E→]」をプレイすると、弦楽カルテットの音が流れる中、男性が
    「私は生涯彼女を愛することはないだろう」
    と語り始める。長い。すると今度は女性が語り出した、と思ったら次の瞬間、ピアノイントロから弦を伴ったハードな演奏が展開され、非常にシンフォニックロックだ。
    2曲目の「Ark」はその点がさらに顕著になる。やはり
    「彼女こそ私のエリスなのだろうか」
    という語りと、神秘的かつ幻想的なサビで始まるものの、フロアタムで進行する低音のAメロ、シンプルな8ビートへと転身するBメロ、そして今度はロックに歌い上げるサビ。非常に高揚感ある楽曲である上に、全体のメロディはポップで情緒的。つい引き込まれてしまう。
    『Elysion』は、初期のメジャーアルバムということで、SHらしさの象徴であるセリフや、展開の目まぐるしさがやや薄い。Revoというメロディメーカーが生み出す楽曲のポップさを味わいながら、「なんか他の音楽とちょっと違う」ところも楽しめるアルバムだ。
    また、今回のリマスタリングによって音質が整えられ、元々メロディアスだった楽曲に“今”という息吹が楽曲に吹き込まれた。SHに対して抱いていたイメージを払拭し、新たな「Sound Horizon」を再発見できる機会を得るにふさわしいアイテムになっている。

  • 冨田明宏
    『ビュッフェランチ』 が好きなら

    同人期から次作【Elysion ~楽園幻想物語組曲~】の美味しいところだけを摘まみ食い!

  • さやわか
    『エゴン・シーレなどの絵画』 が好きなら

    死の陰を感じる不気味さとタブーを犯す快楽、同人時代から培われたSound Horizonの持つテーマ性がコンパクトに詰まっています。ある種の絵画に通じる背徳感を覚える作品性ですね。

  • 清水耕司
    小説 『夢十夜』(夏目漱石) が好きなら

    メジャーデビュー前後の楽曲をオムニバスにまとめた今作。初期作らしく、ポップで、歌詞も理解しやすいが、描かれる物語は深みがあり、感受性を刺激する短編小説のよう。『一千一秒物語』などが好きな方もぜひ。

Elysion
−楽園への前奏曲−
  • 冨田明宏
    『ゴシックメタル』 が好きなら

    耽美で退廃的で激しく重い音楽に魅せられてやまない皆様におすすめ。

  • さやわか
    ゲーム 『ダークソウル』 が好きなら

    何度も死と再生を繰り返しながら背徳と退廃に身を投じ、人間性を失いながらも、何度でも蘇る......
    まさにぴったりでは。

  • 清水耕司
    小説 『孤島の鬼』(江戸川乱歩) が好きなら

    音楽に物語を付加する「Story CD」の4枚目。音楽と詞が醸し出す、頽廃と背徳に満ちた世界は幻想的でありながら現実的でもある。歪んだ性愛に満ちた、サンホラワールドへの第一歩としてもぜひ。

Elysion
~楽園幻想物語組曲~

この商品は、一般CDショップやECサイトにて購入可能である。
ショップ購入特典は先着のため、各店舗にて無くなり次第終了とのこと。

  • 『Elysion −楽園への前奏曲−』
    ¥2,727+税 / BZCS-5033
    (BELLWOOD RECORDS)
  • 『Elysion ~楽園幻想物語組曲~』
    ¥3,182+税 / BZCS-5034
    (BELLWOOD RECORDS)
ショップ購入特典 : yokoyan描き下ろしAround15周年記念イラスト絵葉書 壱乃片 (上記2作品共通特典)
  • 『Elysion −楽園への前奏曲−』 『Elysion ~楽園幻想物語組曲~』
  • 『Elysion ~楽園幻想物語組曲~』は、ノベライズ、コミカライズもされており、
    様々な作家による解釈で物語を楽しむことができる。

    ■小説『Elysion 二つの楽園を廻る物語 (上)(下)』著 : 十文字青/装画 : 左 [ 角川書店 ] 発売中
    ■漫画『Elysion 二つの楽園を廻る物語』漫画 : 木下さくら/解釈 ・ 構成 : 十文字青 [ 角川書店 ]
    全2巻発売中
    詳しくはこちら

第1回の研究発表は以上となる。
今日もまた彼らの情熱に満ちた研究は続く......