第4回 研究テーマ
7th Story CD『Märchen』

  • 冨田明宏
    虚構かそれとも真実か。
    信じるか信じないかはアナタ次第です!

    どこまでが〈虚構〉でどこまでが〈史実〉か。もしくは、どれが〈虚偽〉でどれが〈真実〉か。世に数多ある“事実”を伝える物語というものの中には、〈虚構〉〈史実〉〈虚偽〉〈真実〉が描き手の主観によって複雑に入れ替わる可能性を孕んでいる。それはたとえ“ノンフィクション”と言われるような作品においても、編纂する人間の意思が介在する限り、それは“事実”とは異なる一方的な〈真実〉を描いた物語である可能性がある。たとえば『Moira』でも描かれていた通り〈どこまでが神話でどこまでが歴史か〉という境界線が曖昧な神話(に準ずる物語)というものは存在し、その曖昧な境界線の部分に人はロマンを感じる。それは日本の『古事記』やユダヤ教における『旧約聖書』、欧州の『北欧神話』などにも共通するかもしれない、神話や寓話の元になったであろう歴史的な事実とその謎について、人々は強烈にロマンを感じてしまうわけだが、そのロマンへの欲求を中世ヨーロッパ的ダーク・ファンタジーの世界観で完璧に表現し尽くしてくれたのが私にとって『Märchen』だった。そもそもMärchen=メルヒェンという言葉には“昔話”という意味がある。グリム兄弟により編纂され短編となったそれぞれの寓話にはドイツで実際に起こった歴史的事実やモデルとなる人物たちが存在していると長らく語られてきており、そこにはキリスト教的な道徳観と、そもそも欧州に古から存在していた土着信仰、つまりは魔女など(キリスト教に対する)異端者たちとの物語が連綿と受け継がれてきたという。その世界観を現代的なサスペンス・ホラーに仕立てていたのが2018年のリメイク版『サスペリア』なので興味のある人はぜひご覧いただきたいが、そこにRevoさんはキリスト教における〈七つの死に至る罪(seven deadly sins)〉つまりは「七つの大罪」を各曲に絡めた豊潤な復讐劇に仕立て上げてしまった。この鮮やすぎるストーリー構成と悲劇を描く雄弁な楽曲たちの連なりに加え、知識欲求を激しく刺激する時代設定や虚実入り乱れる物語の描き方、スケール感の演出に改めて痺れる。さらには2010年当時ブームを迎えていたボカロ・ムーブメントにも目配せをするように初音ミクをボーカリストとして起用するあたりもさすが抜け目ない。どこまでが〈虚構〉でどこまでが〈史実〉か、どれが〈虚偽〉でどれが〈真実〉か。自分なりの解釈を交えつつ、さまざまな文献を紐解きながらぜひ自分なりの楽しみ方を見つけてもらいたい。

  • さやわか
    メルヘンでフィクションだが嘘ではない

    僕は『Märchen』、大好きです。
    はじめに、個人的なことを語るのをお許しください。この作品が発売される直前、僕はある雑誌の企画でSound Horizon(SH)の特集を企画し、はじめてRevoさんにインタビューしました。
    その特集の内容は、今でもすごく気に入っています。SHとは何なのか、僕たちみんなに、何をもたらしてくれるのか、そして僕にとって何なのか、すごく真剣に考えながら記事を執筆しました。そこでたどり着いた結論は、僕のSHへの思いの基礎になっています。
    このアルバムを聴くと、そのときのことを思い出します。だから、個人的にも思い入れの深い作品です。
    では、その当時にいたった考えを踏まえながら、以下『Märchen』がどんなアルバムなのか、うまく書くことができるでしょうか。
    そもそも、僕は『Märchen』を、個人的なことを抜きにして、純粋に作品としても好きなのです。理由としては、まずグリム童話を下敷きにした物語になっていること。僕はもともと児童文学が好きでして、もちろん、いわゆる「童話」ってやつにも強い関心があります。童話って、しばしば不条理で、理不尽で、残酷で、不気味で、奇妙な物語が多いでしょう?そういうところが好きなんですよね。
    しかし前作『Moira』がモチーフにしていた「神話」もそうでしたが、「童話」のテイストも、考えてみるとSHの描く物語にぴったりです。暗く、悲しく、悲惨で。
    しかし『Märchen』は、暗いばかりの物語じゃありません。M4「硝子の棺で眠る姫君」で雪白姫が高らかに叫ぶ「ぐーてんもるげんっ!」というセリフに象徴されるように、クスッとするようなコミカルな可笑しさが適度にまぶされています。物語をダークさ一辺倒にしないのですね。
    まあ、考えてみれば当然のことです。童話ってのは子供だって楽しめるもの。だから、明るい部分があっても当然です。というか、僕がさっき書いた「童話って不気味ですよね」という見方のほうが、ひねくれてるってことかもしれません。
    しかし、そこでハタと気づくのは、これって実は、「SHらしさ」がよく表れてるってことなのかもしれない、ということです。つまり、陰と陽、明と暗、光と闇、それら両方が存在し、どちらがかき消されるでもなく、ともに描かれる。そこでどっちかに、極端にしちゃわないところが、いかにもSHらしいことだと僕は思うんです。過去のStory CDは、多かれ少なかれ、そういうところがありました。この『Märchen』も同様です。
    ただ『Märchen』の場合、これまでの作品では忍ばされている程度だった「明るさ」の部分が、童話というモチーフだからこそ、くっきりと姿を現しているように感じられます。この作品がオリコンチャートで前作から順位をひとつ上げ、週間2位に輝いたのも、そのポップさが好評を博したがゆえなのかもしれません。
    そんなわけで『Märchen』は、はじめてSHを聴く人にも、入っていきやすい一作だと僕は思っています。僕はこの、陰と陽をわけへだてなく描き出してくれるこのStory CDが、とっても好きです。だって、世界ってそういうものですからね。どっちかしかないなんて、嘘じゃないですか。
    そういうことを教えてくれるのが、SHだなあと、僕は思います。

  • 清水耕司
    童話という器を借りて描く、重苦しい時代に灯る「生」

    Sound Horizon(SH)が2010年にリリースした『Märchen』は、グリム童話をモチーフとしたアルバムです。「Märchen」(メルヘン)という言葉は元々ドイツ語で、「昔ばなし、民話」を意味しており、グリム童話も原題は『Kinder- und Hausmärchen』(子供、と家庭の童話集)と言います。既存の題材を作品に取り入れることは、登場人物や舞台背景を一から説明する必要がなくなり、読者や視聴者を物語へ誘導する上で敷居を下げられます。本作の収録曲は、「ヘンゼルとグレーテル」「白雪姫」「茨姫」といった童話を感じさせる、と言ったら親しみを感じないでしょうか。ディズニーもさまざまな“リメイク”童話映画を制作しましたが、『Märchen』も同じタイプと言えるかもしれません。
    ただし、『Märchen』はグリム童話だけを素材としたものではありません。グリム童話を起点に、16-17世紀のドイツで発生していたペストの流行や魔女狩りといった歴史的背景を物語に盛り込んでもいます。さらに収録全9曲のうち、最初と最後の曲を除く7曲には「七つの大罪」(暴食・強欲・嫉妬など)も要素としてあてはめています。イエズス会士のペーター・ビンスフェルトが、『魔女と悪人の告白について』という自著の中で七つの大罪と悪魔(ルシファー・サタン・レヴィアタンなど)を関連付けたのも16世紀であり、この時代を覆っていた雰囲気を『Märchen』で再現しています。また、『Märchen』の初回限定盤では、ブックレットがハードカバーを持つ上製本仕様となっており、中面は鮮やかなイラストを豊富に用い、ページ数も贅沢に使い、絵本のような作りとなっていました。まるで、16-17世紀に刊行された書物が現代まで残ったような感覚を味わえました。
    音楽面でも、強いシンフォニック・ロック色を感じますが、それによってドイツという民族性との親和性を図りつつも現実感と現代感を引き出しています。その一方、へヴィでダークな音楽性は、童話の持つ世界観とも調和してもいます。以前の作品よりも音楽的な多様性、特に喜劇的な要素を抑えることで、童話集のオムニバス的な物語構造を一枚岩として見せ、暗澹な印象も保持しています。このダークさこそが『Märchen』のテーマと言えましょう。というのも、グリム童話と並んで世界で愛される童話集には、アンデルセン童話集やイソップ寓話集もあります。ただ、前者は基本的にデンマークの作家・アンデルセンによる創作物で、悲劇的な結末を迎えるものもありますが子どもに向けた情緒性を感じます。日本で教科書に採用されたこともある後者は、古代ギリシアの奴隷であったアイソーポスが集めたものですが、非人間が多く登場し、内容や教訓がわかりやすく示された、まさに寓話集です。しかし、グリム童話はグリム兄弟が“集めた”(書いたではなく)民間伝承で、「人」が主体の物語です。子ども達に説きたい道徳や倫理、戒めなどが込められつつも、物語の展開や結末において娯楽性と同時に残虐性や性描写が多分に含まれてもいました。以前、『本当は恐ろしいグリム童話』(1998年)という書籍がベストセラーとなりましたが、それは長い年月の中でグリム童話が徐々に削ぎ落としてきた残酷な結末や性的な展開を拾い出したものでした。これまでも、運命や人生に抗う人々を描き、「生」や「愛」を語ってきたRevoですが、より生々しい「人間」を作品とするためにグリム童話を選んだ、というのは得心がいくところです。実際のところ、『Märchen』はSH作品の中でも底の見えない、昏い井戸のような深みを持つ作品ですが、現実の隙間に存在する幻想空間で人々が紡ぐ「物語」を、重苦しい頽廃的な生活の中で人々が見せる耽美な「生」を堪能してみてください。

  • 冨田明宏
    『摩天楼オペラ』 が好きなら

    退廃美を描くシンフォニックメタルが好きなら。

  • さやわか
    『フロイト、ユングなど心理学/精神分析学』 が好きなら

    「イドって何? 深層心理? まあ井戸はたしかに深いけど......村上春樹も書いてたな......」などと考えはじめると、「あれ、この人形は本当に意志を持っているのかしら? それともイマジナリーフレンド?」などなど、どんどん想像(妄想)が膨らんでしまいます。その無意識的なイマジネーションの広がりを楽しめる人はぜひ。

  • 清水耕司
    映画 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』 が好きなら

    【Märchen】のプロローグ作品だけあって、中世の陰鬱さや「死」が全編に漂う感覚は同じだが、その中で息子に対する母の、少年と出会った少女の悲哀が心を打つ。悲劇から愛を感じ取れる人ならばぜひ。

イドへ至る森へ至るイド
  • 冨田明宏
    映画『セブン』 が好きなら

    “七つの大罪”を題材にした他の作品はいかが?

  • さやわか
    『残酷なグリム童話』 が好きなら

    この作品はそのままずばり、「本当は恐ろしいグリム童話」を扱っていて、童話の持つ不気味さとか、理不尽さ、残忍さをたっぷり味わえる。あまり日本では知られていないグリム童話も題材にしているので、新しい(不気味な)物語に触れられる喜びもあるはず。

  • 清水耕司
    映画 『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』 が好きなら

    サンホラ作品の中でも特にダークファンタジー色が強く、童話の残酷性をふんだんにしたためたアルバム。テリー・ギリアム、ティム・バートン作品など、物語とビジュアルと音楽の総合芸術にひたりたい方はぜひ。

Märchen

この商品は、一般CDショップやECサイトにて購入可能である。
ショップ購入特典は先着のため、各店舗にて無くなり次第終了とのこと。

  • 『イドへ至る森へ至るイド』
    ¥1,545+税 / KICM-2058
    (KING RECORDS)
  • 『Märchen』
    ¥3,182+税 / KICS-3933
    (KING RECORDS)
ショップ購入特典 : yokoyan描き下ろしAround15周年記念イラスト絵葉書 肆乃片 (上記2作品共通特典)
  • 『イドへ至る森へ至るイド』 『Märchen』
  • 『イドへ至る森へ至るイド』『Märchen』は、コミカライズもされており、
    様々な作家による解釈で物語を楽しむことができる。

    ■漫画『新約Märchen』漫画:鳥飼やすゆき [少年マガジンエッジ/講談社]
    全5巻発売中
    ■漫画『旧約Märchen』漫画:ソガシイナ [月刊少年シリウス/講談社] 連載中
    1~2巻発売中
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第4回の研究発表は以上となる。
今日もまた彼らの情熱に満ちた研究は続く......