第2回 研究テーマ
5th Story CD『Roman』

  • 冨田明宏
    プログレから連なるコンセプト・アルバムの
    歴史を塗り替えた金字塔的名盤

    Sound Horizon(SH)が2006年に発表した5th Story CD『Roman』に対して、きっと今も特別な思い/想いを抱き続けているローラン(=ファン)は非常に多いはず。かく言う私もこの作品にはさまざまな思い入れがあり、「朝と夜の物語」と「11文字の伝言」を聴き返すだけで、なんとも言葉にならない熱いものが込み上げてくる。しかし今回のコラムは〈聴いたことがない人たちに興味を持ってもらう〉ことを目的としている執筆依頼のため、できるだけ内輪ネタにならないように心がけながら書き進めてみようと思う(できるかな...)。
    まずは本作の音楽性を解説していこう。『Roman』については70年代に〈ロック×クラシック〉や〈ロック×ジャズ〉などの実験的な方法論でその様式が確立し、アルバム1枚でコンセプチュアルに物語を描くこともあった“プログレッシヴ・ロック(以下プログレ)”の現代的名盤に位置づけることも可能だ。しかし、ピンク・フロイドやエマーソン・レイク&パーマー、イエスといったかつてのプログレ隆盛時代を彩ったバンドとSHの明確な違いは、SHは可能な限り音楽とそこに封じ込めたさまざまな情報によって物語を描き、ハード・ロックやヘヴィ・メタル、シンフォニック・ロック、ポップス、民族音楽など幅広い音楽性を自由自在に織り交ぜながらも、主題はその〈登場人物に寄り添いその世界と物語に耽溺すること〉を目的とした音楽作品であるということだ。かつてのプログレは“ロックの方法論を進化/拡張させる”という目的に捉われるがあまり、音楽的には大きな進歩を遂げはしたが実験的になりすぎたり、時代と共に目的が形骸化したり、コンセプト/物語がおざなりになることが多かった。それに対し、SHにはまずRevoが我々に問いかけるゆるぎない哲学的テーマがある。そこから創出されたオリジナルの物語があり、その中で我々と同じように悩み苦しみながら生きる登場人物たちがいる。『Roman』はSHの過去作と比べて格段に芝居やナレーションの割合が増え、多彩なシンガーや声優たちが物語を瑞々しく表現しており、登場人物たちの輪郭と物語の推移がより明確になった。物語や登場人物たちの“生き様”を複雑に交錯させながら、よりキャッチーに楽しんでもらうために、そして壮大で感動的なものに演出するためにすべての音楽がある。さらに本作には各曲に仕込まれた謎の断片と、ブックレットに仕掛けられた“穴あきの歌詞”の謎、そしてボーナストラックの存在など、まるでRPG作品を楽しむような攻略的要素まで取り入れている。オペラやミュージカルとは違う〈哲学×物語×音楽×ゲーム文化〉が生み出すことのできる最大級のエンターテイメントを、2006年当時CDというフォーマットで徹底的に追及したのがこの『Roman』という名の金字塔だった。発表当時の衝撃たるや筆舌に尽くしがたい。
    本作が世に問うたテーマはCDの帯にもある通り「生とは何か?」「死とは何か?」「彼らが生きることの意味とは」だ。生まれては死ぬことを繰り返す主人公イヴェールと、双子の女の子の人形ヴィオレットとオルタンス。本作を貫く円環構造は人間のさまざまなカルマと輪廻を描き出し、我々に“生きることの意味”を、今も真剣に問い続けている。

  • さやわか
    Romanを追い求めるロマン

    5th Story CD『Roman』である。オムニバスのようにいくつものエピソードが語られ、そのすべてに通底する物語があるという構成は前作『Elysion ~楽園幻想物語組曲~』と同様。しかし『Roman』のほうがイヴェール、ヴィオレット、オルタンシアというキャラ立ちした狂言回しがアルバム全編に関わってくれるため、内容の難解さとは裏腹に初心者でも取っつきやすいアルバムだろう。オープニングナンバーの「朝と夜の物語」を聴けばいきなり超燃えるだろうし!
    このアルバムでは繰り返し「そこにロマンはあるのだろうか」と呟かれる。イヴェールは双子の人形に命じて世界を廻らせ、あちこちにロマンを追い求めるわけだ。しかしロマンって言葉は世間一般でよく使われるが、はっきりした意味がいまいちピンと来てない人も多いのではなかろうか。なので今ここでざっくりと意味を解説すると、この言葉は、感情とか夢とか、そういった人間の情緒的な傾向を好意的に捉えるときに使われるものだ。たとえば「旅はロマンがあっていいね」と言ったら、つまり旅はワクワクしたり感傷的な気分になったりするところがいいねって意味になる。
    しかし、ではこのアルバムにおけるロマンとは何だろう。それを知るにはもちろん、歌詞カードと突き合わせながらアルバムを聴けばいいのだ。Sound Horizonを聴く人なら誰でも知っていることだが、歌詞カードに書かれている字句と、実際の歌唱がどのように対応しているのか調べるのは、基本中の基本なのである。
    さて歌詞カードを目で追いながら聴いてみて分かるのは、このアルバムでは「物語」という言葉に「ロマン」の読みが当てられているということだ。ということはこのアルバムが言うのは、さまざまな現実の中に、人の感情が奮い立つような出来事があるところに「ロマン」すなわち「物語」を見出すぞってことなのかもしれない。イヴェールが世界中で探しているものは、もちろんアルバムの最後にはその具体的な姿が示されるわけだが、一方で以上のような言葉の意味を踏まえて考えると、彼が求めて止まないのは、概念的には、人の心の動き、感情の発露、その繊細な美しさそのものであるに違いない。もっとも、おそらくそれが純粋な感情であれば善悪などは問われず、だからこそある種の残酷さや悲惨さにもつながっている。というのは、これまた前作に続いて、Sound Horizonで典型的に見られる世界観だ。私たちリスナーもまたイヴェールとともに、その業の深い物語に耳を傾け、そしてロマンを感じている。

  • 清水耕司
    ある青年の魅力を描き出すため、幾重にも織り合わせられた物語(ロマン)

    よくいらっしゃいました、Sound Horizon(SH)をまだよく知らない貴方。どういう経緯でここに迷い込んだかはわかりませんが、『Roman』というアルバムを知って帰ってください。決して損はしません。アーティストやバンドやユニットを語る上で、その歴史上には決して欠かせぬ「点」が存在しますが、Revoという人物が主宰するSHにとってはこの1枚がまさにそれだからです。
    普通の音楽アルバムには、さまざまな人や思いを込めたさまざまな楽曲が1枚に収められ、アーティストの思いは描かれていても、各曲間に関連性はありません。が、SHのアルバムでは全収録楽曲を通してひとつの「物語」が描かれています。『Roman』で描かれるのはイヴェールという青年の物語。ジャケットで二人の少女(人形)に手を取られて立ち、その左右の眼の色が違うという彼です。フランス語で「冬」(hiver)という意味を持つ名の彼は「生まれてくる前に死んで行く」青年です。興味が湧いてきましたか? ただ、彼を描くにあたって、彼ではない人物に焦点が当たっていきます。ある隻腕の騎士は、職を失い、お腹に自分の子を宿した恋人に去られ、自暴自棄の生活を送っていたものの、復讐の念に駆られて馬を駆り、異国の酒場でその旅路の幕が引かれます。一方、片腕を亡くした男を父に持ち、生まれたときから傍にいる犬と、ふたりと1匹で暮らしてきた少女の物語も綴られます。それから、使用人と手に手を取って家を飛び出した貴族の娘、数を弄ぶ賢者などなど。紡がれた小さな物語が結ばれ、大きな物語となってうねり出す、それがSHの生み出す世界です。「物語」を楽しめる、それがSHアルバムの最大の特徴です。
    個別に歌詞を見ても、焔、宝石、葡萄酒、ローラン(Laurant)という名など、いくつかの言葉が違う楽曲の中に現れ、細い紐でつながられているような感覚を持ちます。また、『Roman』はメジャーデビュー後3枚目となるアルバムですが、以降SHのアルバム枚数を重ねるごとに、物語は壮大な広がりを見せ、必然的に描かれる人物は複雑に交差し、深みを増していきます。その意味で『Roman』は、圧倒的な「個」であるイヴェールという存在が目前に立つアルバムでもあります。おそらく貴方はアニメや漫画、ゲームといった文化に慣れ親しんだ方だと想像するのですが、強い個性を持つ青年の「物語」に引き込まれるでしょうし、彼の魅力を感じ取れるはずです。物語を通し、自分を通して、生と死の理由を問いかけ、「僕が生まれてくるに至る物語(ロマン)はあるのだろうか?」と歌う彼。RevoはSHという活動の中でさまざまな人物を物語に登壇させていますが、イヴェールという人物はひと際輝きを放つ人物です。
    ちなみに、楽曲を聴いているだけでは気づきませんが歌詞カードに目をやると、ある曲では「し」を「0302」と、「あ」が「0101」と表すなど、各曲それぞれに数字の「暗号」が書かれています。それらを繋ぎ合わせるとあるMessageが現れます。まるで今流行りの脱出ゲームか謎解きのようです(中○病っぽいとは言わない)。また、CD収録楽曲以外にも、『Roman』の世界を拡張する2曲のボーナストラックがネットからDLできるようにもなっています。そう、SHのアルバムはまるでおもちゃ箱のようです。各アルバムに、開けると胸がときめくいろいろな何かが飛び出してきます。その中でも『Roman』は特に宝石のように煌めく何かが紛れているような気がします。それも生まれてこなかったイヴェールという存在の為せる業でしょう。ぜひ貴方自身の耳と目でイヴェールを感じ取ってみてください。

  • 冨田明宏
    『梶浦由記の音楽』 が好きなら

    他にも初期『FF』シリーズや『テイルズ』シリーズ等が好きなら◎

  • さやわか
    『日本製RPG』 が好きなら

    Sound Horizonの音楽では、白と黒、剣と翼、光と闇などの二項対立が提示され、同時にその二面性や二重性、表裏一体さなどが語られることが多いのですが、それはどこか日本のロールプレイングゲームが長年描いてきた物語に通じるものがあると思います。そんなわけで、そういった物語が好きな人へのSH入門編になるかもしれない。

  • 清水耕司
    映画 『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』が好きなら

    3曲中2曲がゲーム主題歌というのもあって、全体に流れる高揚感とキャッチーさはLinked Horizonへの系譜であり、Revoの才を感じさせる。ファンタジーでありながら感情移入できる冒険譚を望むならばぜひ。

少年は剣を・・・
  • 冨田明宏
    『カンザキイオリの音楽』 が好きなら

    ダークな世界観の中から“生”と“死”を想う、そんな貴方に。

  • さやわか
    『感動のヒューマンドラマ』 が好きなら

    Sound Horizonの中でもひときわ「生の喜び」へ向かっていく物語がオムニバス的に詰まった作品。「死」の物語のほうが好きだよという人でも、その温かい感動に自然と涙腺が緩んでくるはずです。

  • 清水耕司
    映画 『グレイテスト・ショーマン』が好きなら

    イヴェールという強烈な登場人物を軸とした、ロマンと愛に満ちた物語&聴く者を魅了する、艶やかで情緒的なメロディ。【Roman】にはRevoのエッセンスが詰め込まれている。作品世界に耽溺したいタイプならぜひ。

Roman

この商品は、一般CDショップやECサイトにて購入可能である。
ショップ購入特典は先着のため、各店舗にて無くなり次第終了とのこと。

  • 『少年は剣を・・・』
    ¥1,545+税 / KICM-2056
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  • 『Roman』
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  • 『少年は剣を・・・』 『Roman』
  • 『Roman』は、ノベライズ、コミカライズもされており、様々な作家による解釈で物語を楽しむことができる。
    小説『Roman』には『いずれ滅びゆく星の煌めき(ヴァニシング・スターライト)』の
    要素も盛り込まれているので、併せて注目してほしい。

    ■小説『Roman 冬の朝と聖なる夜を廻る君の物語 (上)(下)』著 : 十文字青/装画 : 左 [ 角川書店 ] 発売中
    ■漫画『Roman』漫画 : 桂遊生丸 [ 集英社 ]
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第2回の研究発表は以上となる。
今日もまた彼らの情熱に満ちた研究は続く......